信州 上田

初秋のツーリングは信州と定め(少しでも涼しい方へ)、1日目は上田まで走ってきました。その昔、浜松の徳川家康が上田城の真田攻めを行っていたので、静岡からも遠そうだけど行けるはずと走り出したら、なかなかに遠かった。早朝に出発して着いたのが昼過ぎで、途中から標高が高くなり気温も下がったりと疲れました。中部横断道の早期全線開通を期待します。

さて、目的地の上田城です。私がかねがね興味を持っている、「地形の特徴を活かした都市構造」の視察というツーリング目標でやってまいりました。

駐車場がある南側から櫓を望んでみると、石垣の向こうで城の地面がぐっとせり上がっているのが分かります。上田城の築城は1583年に真田昌幸の手により行われていますが、その当時、千曲川が石垣の際まで流れており(現在は城と川の間は市街地や線路になっています)、尼ヶ淵と呼ばれ、河岸段丘の上に城が築かれました。千曲川が防衛上の有効な堀として機能し、丘の上の城から東側に城下町が広がるまちづくりがなされていました。現在の市役所や中心市街地がそれにあたります。

東側の二の丸橋を渡って東虎口櫓門をくぐり、石垣に寄って南側の市街地を眺めてみると、まちが足元よりぐっと低くなっているのが分かります。周辺地域への遠目もきき、東西南北への交通の結節点として、軍事的な要衝であることも分かります。

上田盆地辺りの地形は、静岡在住の私が地図を眺めていても全く想像ができず、とはいえ歴史的には何度も重要なことが起きているためずっと気になっていましたが、やはり来てみて良かったです。人口約15万人の東信地域の拠点都市として住宅地と商業地が落ち着いていて、生活もしやすそうです。百聞は一見に如かずですね。

 

少し驚いたのが、昔の藩主の屋敷跡がそのまま長野県上田高校の跡地になっていること。高校がお堀に囲まれていて、この日は軽音部の部活かロックが聞こえてきました。

伝統を大事にしつつ現在の生活を大切に。いいですね。