松崎町 旧依田邸

伊豆半島西海岸南部の賀茂郡松崎町を訪れました。なまこ壁の建物や倉で有名な街ですが、今回の目的は那賀川上流の大沢地区に位置する旧依田邸です。大沢温泉もある、川沿いの桜並木が美しい場所です。

この地の名主として豪壮な庄屋屋敷を構えた依田氏は、元は武田家の家臣でした。武田家滅亡の折り、西から織田・徳川、東から北条に挟まれ、目指したのが南の伊豆半島。伊豆松崎の大沢の里まで逃れ、以来この地に根をはり、江戸幕末を迎え歴史が動きました。

 

江戸時代、松崎港は駿河湾沿岸の「風待ち・潮待ち港」として繁栄しました。伊豆半島西側は峻険な山や谷で分断され陸路による物資の運搬が困難であったため海運が発達し、年貢米や鰹節、上方の商品などが松崎を経由して江戸に運ばれて行きました。

また、気候温暖な松崎の地は桑の栽培に適しており、古くから良質な早場繭の産地でした。

幕末になると近くの下田が開港したことから情報が伝わり、横浜の生糸商人が大量に買い付けに来て、繭価の基準「伊豆松崎相場」が欧米で有名になるほどでした。そんな時代背景を受け、明治4年に依田家第11代当主の依田佐二平氏は、当地にフランス式製糸工場を建てます。女子工員を官営富岡製糸場に派遣し、そのノウハウを習得して事業を確立。目の前を流れる那賀川の舟運で松崎港まで生糸を運び、下田、横浜を経て欧米に輸出して富を築きました。

そしてその財を地域に注ぎ、小学校や中学校を創立、女子教育にも力を注ぎました。同時に海運会社や銀行を興し、松崎町発展の礎を築きました。以前、松崎には昔高等女学校があって、裕福だったと人に聞いたことがあったのですが、今回初めてつながってきました。

更にこの方、静岡県賀茂郡長や県議会副議長、第一回帝国議会衆議院議員に当選するなど、すごい勢い。今の松崎のゆったりとした雰囲気とは違う、熱い時代でした。

ところで皆さん、北海道の十勝平野帯広の六花亭というお菓子の会社はご存じでしょうか。美味しくて有名ですよね。そこの商品であるバターサンドは、松崎町の依田家にゆかりの商品です。

佐二平氏の弟の依田勉三氏は、慶應義塾で学んだ後に北海道開拓に目覚め、故郷で教師を務めた後に北海道開拓を志す晩成社を設立しました。現地調査研究を経て、明治14年に北海道に渡り、帯広の地の払い下げを受け、開拓に取り組みます。当時の帯広の地は、アイヌ10戸、和人1戸の本当に小さな集落だったようです。

晩成社は、イナゴや冷害に襲われながらも、様々な畑作、稲作、酪農、加工などの事業を展開しました。しかし経営は上手くいかず、ついに力尽き、大正5年に晩成社の活動は終わりを迎えました。

晩成社は残りませんでしたが、その活動や取り組みは十勝発展の礎となり、六花亭は晩成社を記念して〇の中に成(セイ)のマルセイバターサンドを作りました。マルセイは1905年に晩成社が北海道で初めて商品化したバターです。その流れが引き継がれ、松崎町は昭和53年に帯広市と開拓姉妹都市を締結しました。

人に歴史あり、一族に歴史あり、まちに歴史あり。ツーリング途中に温泉に入ろうと寄り、こんなに熱い話を知りることになるとは思いませんでした。併設している大沢温泉もいい湯ですので、是非お立ち寄りください。